「いい時もあれば、わるい時もあるさ」を“現実に使える言葉”に落とす
「いい時もあれば、わるい時もある」という言葉が、なぜ軽く聞こえるのか
「いい時もあれば、わるい時もあるさ」
この言葉は、間違っていない。
でも、本当にしんどい時ほど、軽く聞こえてしまう。
それは、この言葉が多くの場合
「だから今は我慢しろ」
「気にしすぎだ」
という結論だけで終わってしまうからだ。
仕事がうまくいかない時。
人間関係が噛み合わない時。
将来が急にぼやけた時。
そんな現実の只中にいる人にとって、
この言葉は慰めにも、説明にもなりきらない。
だからこそ今日は、
「いい時もあれば、わるい時もあるさ」を
ちゃんと現実で使える言葉に落としてみたい。
よくある現実①
仕事はうまくいっているのに、人間関係で消耗している
数字は出ている。
評価も悪くない。
周囲から見れば、順調に見える。
それなのに、職場に行くとどっと疲れる。
- 誰かの何気ない一言がずっと頭に残る
- 空気を読むことに神経を使いすぎている
- 家に帰ると、何もする気が起きない
「結果は出ているのに、なぜこんなにしんどいんだろう」
そうやって、自分を責めてしまう。
よくある現実②
お金は安定してきたが、心が追いついていない
収入は増えた。
生活も、以前より整ってきた。
それなのに、なぜか安心できない。
将来の不安が消えない。
「ここまで来たら楽になると思っていたのに」
そんな違和感を、誰にも言えずに抱えている。
周りから見れば順調でも、
本人の内側では、まだ整理がついていない。
よくある現実③
調子が良かった時ほど、落ちた時に自己否定が強くなる
「あの頃は、もっとできていた」
「前は、もっと動けていた」
過去の好調期が、
今の自分を責める材料になる。
本来は積み上げてきた証のはずなのに、
いつの間にか比較の刃に変わってしまう。
よくある現実④
周りが順調に見えて、自分だけ止まっている感覚になる
SNSを開けば、
昇進、独立、結婚、成功の話が流れてくる。
自分も何かをしてきたはずなのに、
なぜか今は足踏みしているように感じる。
「自分だけ、取り残されているんじゃないか」
そんな感覚が、
じわじわと焦りに変わっていく。
なぜ人生には「波」が生まれるのか
ここで、はっきりさせておきたいことがある。
これらは、能力や努力、価値の問題ではない。
人生には必ず、フェーズのズレが起きる。
- 仕事が伸びるフェーズ
- 人間関係を調整するフェーズ
- お金が安定し、心が追いつく途中のフェーズ
すべてが同時に上向くことの方が、実は少ない。
それなのに、うまくいかない時ほど
人はこう考えてしまう。
うまくいかない時に、やりがちな勘違い
- 「自分の実力が落ちた」
- 「努力が足りない」
- 「価値がなくなった」
でも多くの場合、起きているのはこれだ。
流れが切り替わっているだけ。
環境が変わり、
役割が変わり、
求められるものが少しズレただけ。
それを「自分の欠陥」だと誤解すると、
必要以上に苦しくなる。
「いい時」「わるい時」を捉え直す
ここで、言葉を整理してみる。
いい時
・エネルギーが外に出やすいフェーズ
・結果や評価が目に見えやすい時期
わるい時
・内側を調整しているフェーズ
・次の動きのために、速度が落ちている時期
どちらが上で、どちらが下ではない。
ただ、役割が違うだけだ。
最後に
今がわるい時だとしても、
それは「全部がダメ」という意味ではない。
- 仕事は止まっていても、人としては成長しているかもしれない
- 気持ちは沈んでいても、次の準備は進んでいるかもしれない
今日は無理に前向きにならなくていい。
ただ、こう思えたら十分だ。
「今日はこれでいいか」
その感覚が残るなら、
ちゃんと次の「いい時」につながっている。